『大衆食堂の研究』復刻HTML版          エンテツ資料棚『大衆食堂の研究』もくじ


編外編*食堂あいうえおかきくけこ

  能書きつきの「名人」料理をくうのも名所めぐりの観光旅行のようなもんで、ひととおり終わってしまうと味気なさが残るだけ。グルメガイドを頼りの食べ歩きも、めずらしいうちはいいが、それでも庶民の手がとどくグルメというのは、しょせん安いパックツアーのようなもの。それでは、ちょっと個性的な、ヘルシーな店にいこうとおもったら、どこにでもあるペンションに行くようなもの。ファミリーレストランやその低価格ガストスタイルは、経済的には経済的だが、あまりにも結果がわかりすぎためしだ。やっぱり、もうちょっと、ブスブオトコでもいい人間くさい味わいがほしい、とおもったときに行けるところがあるだろうか。

  *食堂利用心得  ここにあげる食堂ヘワザワザ行ってはいけない。食堂はとおりすがりに寄るところだ。…

  というわけで、ここにあげたのは、とおりすがりの食堂である。

  ここで食堂の見方考え方の基準となる「いかがわし度」を整理しておこう。
  ▲いかがわし度3▼ほんとうは、看板も暖簾もでていない食堂がある。そんなものはここにのせることができない。だから、看板や暖簾しかでてない店で、なおかつ昭和三〇年代のたたずまいがしっかりしているものである。
  ▲いかがわし度2▼暖簾や看板しかでてない食堂。手製な小さなメニュー書きがはってあることもある。どんなものをくわせられるのか、はじめてだと不安がよぎる店。
  ▲いかがわし度1▼暖簾や看板のほかにメニューサンプルがならぶショーウインドーがあったり、外から中が見通せたりする。

*あ
『朝日食堂』――北西ジャンク地帯。あの高くそびえるサンシャインビルの裏手は、けっこうなジャンク地帯なのである。一路線だけ残った都電荒川線東池袋四丁目駅の近くにある。看板しかでていないが比較的新しいビルの一階になってしまったため、いかがわし度2。
『あじろ』――大衆食堂ののれんが下がるいかがわし度2。東京・渋谷区本町。えっ、ここが渋谷と思う、新宿西口の高層ビル群を望む山の手新興ジャンク地帯にある。おじさんが伊豆の網代出身だから『あじろ』。愛しているね網代を。カウンター数人に四人の座敷テーブルひとつ。間口一問の小さな店だ。それなのにメニューは六〇種くらいある。サーロイン・ステーキからナス焼まで。渋谷区本町二‐四七。となりはいかがわし度2の『やじま食堂』。小さいのが並んでいる。
『阿つみ食堂』――下町ジャンク地帯、台東区浅草。浅草駅前といっていい位置にある。由緒ある大衆食堂。場所柄観光地の食堂という感じで、いかがわし度1である。きわめて清潔といおうか几帳面さがうかがえる店。客席と調理場のあいだが両側に扉をつけたボックスを重ねたようなつくりになっていて、上げ下げのものが見えないよう独特の工夫がされている。味は「下町の職人風」である。やはり場所柄すざましい恰好と異臭の「ホームレス」がふらふらと入ってくるところがいい。それを高齢で小柄で品のいいおばさんがとてもうまく捌いて、店の外に出す。「ホームレスとともにある街の暮らし」をうかがわせる。
*い
『いすず食堂」――墨東ジャンク地帯、JR総武線新小岩駅南ロルミエール・アーケードをぬけたとこにある食堂福島屋のすぐ先を左にまがる。「喫茶と食事」型の老舗級の風情を維持している。だから、いかがわし度3だ。
『市ヶ谷食堂』――市ヶ谷田町外濠通りに面してあるが、このあたりはジャンクの風情がなくなった。この食堂もビルの一階におさまっている。しかし、昭和三〇年代である一九六〇年代に法政大学生であった人は、ここを知っているはずである。ビルの一階になったとはいえ、どこか田舎臭い風情がある。いかがわし度2にしておこう。
『いづみや食堂』――駅前食堂。JR京浜東北線浦和駅西口。『都市住宅』一九七五年一月号の「駅前スコープ1975」に掲載の写真にあったので、とくに記す。いまあるかどうかはしらない。『泉や』――最近よく利用しています。ビールが安く、メニューが多いのがうれしい。京浜東北線与野駅西口与野銀座商店街で、堂々の大衆食堂ののれんで営業している。一九六一年創業のいかがわし度3。
*え
『枝川』――墨東ジャンク地帯、江戸川区JR総武線小岩駅南口。小岩中央通り五番街。いかがわし度2。どちらかというと新しいタイプの定食屋である。新しいタイプというのは、どうみても食堂なのだが、食堂と名乗る開き直りが腰くだけで、「お食事処」などと名乗るところがある。しかし、この傾向は増加しているようで、やがては、このタイプがいかがわし度の高い存在になるのかもしれない。だけど、はじめは上品な方にむかっての夢があるものだ。やがて上品のインチキとむなしさを知る。街の食堂は、どう名乗ろうが、どこかで開き直りをかさねなくてはならないし、そのたびにいかがわし度は増す。これからが勝負だ。
*お
『大阪屋食堂』――おれの故郷の食堂だからとくに記す。JR上越線、六日町の駅前商店街にあぎる。田舎町だからいかがわし度はない。高校生の一九六〇年頃、ニール・セダカの『恋の片道切符』の英語歌詞をカタカナで書いた生徒手帳をポケットに、はじめて自分のこづかいで立ち寄った食堂だ。下校の途中、電車通学の南雲というやつに誘われてね。大阪屋はそのころとくらべるとずっと立派になった。南雲はどうしているのかな?
『大森食堂』――京浜ジャンク地帯、大田区京浜急行大森町駅改札前。古い、昭和三〇年代がしのばれる。いかがわし度2。
『御徒町食堂』――JR山手線御徒町駅北口横のガード下。装いは新しいが歴史は古い貴重な山手線の駅前食堂である。定食セット中心、いかがわし度1。ここの看板の文字は太くて肉体的で昭和三〇年代の大衆食堂らしい。よって、名誉2にしておく。
『おかめ』――北東ジャンク地帯、足立区JR常磐線北千住駅西口前。『都市住宅』一九七五年一月号の「駅前スコープー975」に掲載があった。現存。右隣マクドナルド左隣中華料理店にはさまれて、みるからに細々と頑張っている。いかがわし度2。
『越生屋』――たんにダサイタマといわれる、ダサイタマのどこが悪い、ただ東京の権威にすがっているだけのバカなイナカモンめ。とジャンク者は埼玉を愛す。東京は墓場だが埼玉には田舎者の暮らしがあるのだ。埼玉県川越市東武東上線川越市駅前の通り。いかがわし度1。
*か
『かどや食堂』――北西ジャンク地帯。板橋区東武東上線大山駅前。角のところにあるからかどや。いかがわし度2。
『かねいち』――アメ横ジャンク地帯。上野側から入ってすぐのところ。いかがわし度1。
『かめさん食堂』――これもダサイタマジャンクだ。東武東上線朝霞駅いかがわしい朝霞商店街にある。いかがわし度3。ショーケースから選べるおかずがいろいろある。ここの御夫婦はとてもタメになる。
『川崎屋』――本文出。いかがわし度3。
*き
『きくや』――北西ジャンク地帯、豊島区池袋。JR山手線池袋駅東口前の明治通りを北に向かって十分くらい歩く。「あゆ焼」とか妙な名前のお菓子をつくる店がある。そのへんを左に曲がった細い通りにわびしくたつ。この通りは妙にジャンクである。入口上の日除け雨除けテントには、汚れるたびに何度も白ペンキでなぞったらしい大きい「めし」の文字。貴重だ。いま「めし」をかかげるところはすくない。つづけてほしい。おじさんが黙々とめし道に励んでいる。定食セットで五〇〇円から五五〇円でくえる。「めし」をつかっているので、いかがわし度2のところを3にしたい。
『清洲家』『仙吉食堂』――山の手新興ジャンク地帯。渋谷区幡ヶ谷三丁目。この二店はほとんどとなり同士だ。仙吉食堂は道路の角で、道をはさんで、うどん屋があって、その隣が清洲屋。この一帯はファミリー・レストランもあるし、飲食店の多いところだ。そんなにくうやつがどこにいるのかと思ってしまうのだが、そういうところで食堂が二軒ならんで頑張っている姿はいい。いかがわし度2。
『ぎんに食堂』――銀座は全国区化して地方区といえるほどの街でない。が、裏通りにはポツンポツンと地方区がある。貴重な銀座二丁目の食堂。いまではビルの一階におさまっているが、古い。小鉢定食六五〇円はユニーク。朝食風だけど夕飯どきもある。納豆、いか塩辛、お新香、しらすおろし、のりの小鉢に味噌汁、めし。シンプル。いかがわし度1。
*こ
『幸楽食堂』――京浜急行平和島駅駅前。
*さ
『さくら食堂』――駅前食堂。JR常磐線取手駅東口。『都市住宅』一九七五年一月号の「駅前スコープ1975」に掲載があった、よって記す。いまあるかどうは知らん。
『大衆食堂 三番』――山の手新興ジャンク地帯、杉並区。JR中央線荻窪駅南口。ホームからみえる大看板、定員約五〇名の大型である。いかがわし度3。細身の高齢のおばさんが頑張っている。左隣はビルになった、右隣はすでに地上げされて空き地だ。ここの客層はさまざまで、白いガイジンさんを含め、最近の食堂世間の人たちをすべて俯瞰できる。特徴は小鍋で出てくる肉豆腐や湯豆腐。
*し
『七福食堂』――江東区高橋の高橋のたもとにある。いかがわし度2。暖簾に「実用」の文字がいい。
『松竹食堂』――駅前食堂。JR東海道線大船駅。『都市住宅』一九七五年一月号の「駅前スコープ1975」に掲載があった、よって記す。数年前まではあったような気がするのだが、いまはあるかどうか知らん。
『松竹食堂』――ある日、大森食堂がある京浜急行大森駅からふらふら歩いていた。そこに昔あったはずの松竹食堂がないかと……。その位置に古い建物があって、前の道端にはラーメン丼や皿が積んであった。残念。
『昭和食堂』――駅前食堂。JR京浜東北線東神奈川駅。『都市住宅』一九七五年一月号の「駅前スコープ1975」に掲載があった、よって記す。いまはあるかどうか知らん。昭和食堂という名はあちこちにある。埼玉県小鹿野町の昭和食堂はおじいさんと中年の息子でやっている。ついでがあったら是非よってみてほしい。東京だったらいかがわし度3をあたえられるたたずまい。田舎町らしい独特の塩辛いラーメンがくえる、まさしく昔の食堂ラーメンの味なのだ。ラーメンごときで気取っているいまどきのラーメン屋のラーメンなんて、労働者がくうラーメンじゃない。
*た
『竹屋食堂』――本文出。いかがわし度3。
『たつみ食堂』――駅前食堂、北東ジャンク地帯、文京区JR山手線駒込駅。『都市住宅』一九七五年一月号の「駅前スコープ1975」に掲載があった。残念、つい最近閉店しました。
『玉家食堂』――東京・港区浜松町。コカ・コーラの広告入り看板だがでかい。食堂建物の左右より大きい。竹芝桟橋入口のところに堂々の看板である。この一帯はウオーターフロント開発などとわけのわからんことやってどんどんビルになってしまった。他にもいい食堂が港の倉庫街の方にあったのに、みんなビルにかわった。残ったのがここだけなのだ……。よって、いかがわし度2であるが、名誉3にする。
『たぬき食堂』――本文出。いかがわし度3。
『食堂だるま』――国分寺市JR中央線国分寺駅北口の東栄会大学通りにある。東京経済大学に向かう通りだ。最近は大学周辺の食堂というのはめずらしいくらいになった。この通りにも脱食堂全国区風のシャレた飲食店がふえた。わらわせるね。学生は食堂めしをくって爆発すべきだよ。だるまという名前がアンチ・オシャレでいい。定食メニュー中心のいかがわし度3。
*ち
『千草』――東京・世田谷区小田急線下北沢駅。テレビに出たことがある。マクドナルドの角から、外壁縦型の行灯大看板は他を圧する大衆食堂ならではの迫力の看板がみえる。オシャレな土地柄で、この看板のいかがわしさは際立つ。しかし、かわいい暖簾、中が見通せる明るいつくり。いかがわし度1。場所柄、学生風若い男女客が多い。定食セット七、八○○円だがボリューム感がある。
『千草』――この名前の食堂はあちこちにある。たぶん女主人だろう。東京新宿駅西口、駅からだと中央公園の外側にあたる通りの何回かテレビにも出た『千草』は有名である。
*と
『ときわ食堂』――墨東ジャンク地帯、江戸川区JR総武線小岩駅北口。西小岩商店街。いかがわし度2。
『ときわ食堂』――墨東ジャンク地帯、JR総武本線新小岩駅南口。質実剛健の風。ルミエール・アーケードすぐ右にまがる。いかがわし度1。『ときわ食堂』というのは亀戸にもあるし、あちこちあるうえ、家紋のようなマークがおなじものもある。なにか関係あるのだろうか。食堂研究家は研究しているだろうが、おれは知らん。
『都民食堂』――山の手新興ジャンク地帯、渋谷区京王線初台駅からかなり歩く。表示された食堂の定食セット値段では、ここのハムエッグ定食四五〇円は最低価格の部類になるだろうが、ガストハンバーグには負けるね。しかし、ガストにはない食堂の味わいがこちらにはあるのだ。ガストでは精神がつかわれることはない、最低の気分のいい環境で、ミンナがうまいという最低のめしを口の中へ処理するだけ。なんの精神のはたらきもなくおわる。都民食堂では、まず入るか入らざるか、ガラス戸にはられた手製メニューをみながら決断しなくてはならない、というわけだ。タメになる。大衆食堂ののれんが下がる。いかがわし度2。
*は
『八景食堂』――駅前食堂。京浜急行金沢八景駅。『都市住宅』一九七五年一月号の「駅前スコープ1975」に掲載があった。いまあるかどうか知らん。
『はやふね食堂』――墨東ジャンク地帯、江東区深川。土地をマンションかなんかにしてしまったけど、歴史のある店。堂々の食堂書体の外壁縦型大看板をだして営業している。深川は歩くところだ、歩けば見える大看板。ちょっと真新しいマンションの一階だから、いかがわし度2なんだけど1という感じだ。昭和の初めのころには、当時の東京市内の飯屋の一五パーセントは深川にあったのだそうな。だけど戦争をさかいに、田舎の世田谷区や杉並区の方に移住するひとも多く、激減。で、伝統あるこの地で、食堂といえば、ここだね。
*ふ
『大衆食堂福島屋』――墨東ジャンク地帯、JR総武線新小岩駅南ロルミエール・アーケードをぬけた先にある小さな民家の食堂。いかがわし度3。まだ入ったことがない、こんど近くをとおったら、入ってみたい。
*ま
『まねき屋』駅前食堂。北東ジャンク地帯荒川区JR山手線日暮里駅西口。黄色のアクリル板にライス小一二〇円中二〇〇円大三二〇円……とマジックインキで書き、いかがわしい食堂らしくやっている。いかがわし度3。
『丸十食堂酒場』――駅前食堂。京浜急行京浜蒲田駅。『都市住宅』一九七五年一月号の「駅前スコープ1975」に掲載があった。たしかもうないね。むかし、丸十食堂はチェーン店だったような気がするが記憶ちがいかな。
*み
『みのや食堂』――おれの故郷の食堂だからとくに記す。JR上越線、六日町の駅前商店街にある。一九五〇年代、親につれられて入った、記憶に残るいちばん古い食堂だ。もちろんいまではリッパになった。
『美松』――北東ジャンク地帯、板橋区東武東上線ときわ台駅から板橋区立図書館前の道をすすみ、SBカレーの通りにある。食堂暖簾コンクールがあったら、文句なくここを優勝にする。暖簾以外何の表示もない。暖簾がないとただの家である。左右一間の天地五、六〇センチほど、文字は、ほぼ天地一杯の大きさで「食堂」の二文字が真ん中、この文字の太さは説明できないほどギリギリ太い。そして右端に小さく「美松」。色が紺ではないところに、工夫がある。ちょっと明るめの日本の「空色」である。簡素にして剛毅にいかがわしい。いかがわし度3である。
『大衆食堂みやもと』――またまた応援しましょうダサイタマ。埼玉県.朝霞市か?志木市か?新座市か?そのあたりでとおりがかりに見た。東武東上線朝霞台駅から新座方面にむかって徒歩一〇数分行ったくらいのところだとおもう。改装なのかどうか、真新しいビルだ。だが、新しいのに非常にいかがわしい得たいの知れない色合いである。赤というか紅色というかで食堂の色としてはめずらしい。そこに「めし」の文字の入った赤ちょうちんが下がっているのだ。看板と赤ちょうちん、暖簾はないがガラス戸に中がみえないように紅色の帯をして。もしこれがこれからの食堂の姿だとしたら、おれは食堂がビルになってもかまわない。ぞくぞくっとくる、いかがわしさ名誉3。
*む
『武蔵野食堂』――またまたダサイタマの新座市。いかがわし度3。
*や
『山形屋食堂』――山の手新興ジャンク地帯。渋谷区初台二丁目。初台駅から甲州街道を下って、なんとかというホテルのあたりを左へ曲がる、坂をくだる。そのへんだね。いかがわし度2。
*ろ
『六本木食堂』――なんで六本木交差点の近くのファッショナブルなビルにこういう食堂があるのか。三〇年以上前から六本木食堂だったのでしょうがない。ビルがリッパすぎて、いかがわし度3だ。
*駅前食堂
一九六〇年ころは、駅前の食堂をよく見かけたものだ。「駅前開発」でビルが建つと、金融関係や不動産などのおもしろくでもない会社が進出し、おもしろいひとたちがいた街とともに食堂も消える。だから、駅前食堂は無条件の記録として残したい。いま駅前にある食堂。貴重だ。がんばってほしい。

*しみじみ味わい深いベストメニュー
オムライス
チキンライス
カレーライス
さば味噌煮
いわし煮
あじ塩焼
さんま焼
チキンカツ
かきフライ
あじフライ
いわしフライ
コロッケ
切り干し大根煮
ぜんまい煮
里芋煮
肉じゃがあるいは豚じゃが
ひじき煮
ポテトサラダ
冷奴
納豆
ほうれん草おひたし
しらすおろし
生玉子
のり


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