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『大衆食堂の研究』復刻HTML版         エンテツ資料棚『大衆食堂の研究』もくじ


放浪編*ワザワザでもいきたい食堂は死生のにおい

*二、「町のサロン」竹屋食堂*

  ●御夫婦でもっている●
  食堂というのは、だいたい家内労働だから、夫婦の力をぬきには考えられない。しかし、商売としては、やはり立地のよしあしとか、メニューの特徴とかも関係する。
  竹屋食堂のばあいは、立地は三流の下の下。場末の裏通り、まったく商売にむいてないところにある。メニューは、ただの一膳めし屋のもので、しかも一膳めし屋としてはおかずの種類はすくないほうだし、とくべつに安いというわけでもない。店舗は狭い。
  古くて粗末である。なんでも大事につかっていると、エコロジー団体あたりに表彰されてもいいと思うが、エコロジーのやつらは、くいつくして富裕をしたあまりの自己愛みたいなもんだから、こういう生活を模範にすることもしないだろう。
  おれはハッキリいって、エコロジーだリサイクルという連中がやっているガレージセールみたいなのをみて、オドロイタ。怒った。リサイクルやるまえになんであんなに買いまくるのだ。そのカネはどうやってつくったのだ。そのカネ一円のために、百円ぶんくらいの環境破壊になっているんじゃないのか。だいたい洋服のリサイクルなんてのは、新しい服が売りにくい企業があって、片方にはタンスがいっぱいになったんで、買いたくても収納がなくて困るという根性があってやっているようなもんじゃないか。だいたい4WDに乗って、エコロジーだなんて、笑わせるんじゃない。買うことを控える方が先ではないのか。
  と、エコロジーなんかにツバをかけたくなるぐらい、竹屋食堂には正しい暮らしがある。そうしていれば、家ぐらいさびれるのはあたりまえなんだよ。
  こういう店に入り馴れていないひとは、ひとりではいることができないにちがいない。それぐらい、いかがわしいたたずまいである。
  ま、こう書くと、たいがいのひとは行ってみる気がしなくなるだろう。それでいい。
  ともかく、竹屋はあきらかに、この御夫婦だけで三〇年以上もってきたのだろうとおもう。
  それゆえタメになる。

  ●一九六〇年の貧乏情緒そのまま●
  東京・北東ジャンク地帯でも、泣く子は泣き続けるジャンク地帯が、西日暮里から三河島、南千住というあたりだ。
  このあたりの明治通りを、おれは「ジャンク通り」と呼びたい。
  いじましいサラリーマンたちの城であるオフィス・ビルというやつがほとんどない。だから空が広い。目線の高さに空がある。それが東京の空らしく薄汚い。そして、昭和三〇年代にして一九六〇年代のたたずまいの零細の商店や職人の店などがけっこうみられる。
  東京ってなんなのさ、東京ってどこにあるの、といいたくなるほど、「都市の密集」はあっても、東京の「中央の文化や秩序」がない。密集があるところにはいろいろなくうすべがあると、それぞれのオトナの暮らしをつらぬいているたたずまいがあって、優れてジャンクなのである。
  山の手とか下町とか江戸・東京とは疎遠な、まさしく場末の「貧乏情緒」がただよう。たとえば、おなじジャンク地帯でも墨東ジャンク地帯は「下町くさい」気配がある。ところが、この一帯は、キッパリ貧相な街といいきれるほど、なんの華やかさもない。
  「貧乏情緒」というのはなんなのかというと、テレビ時代劇のセリフじゃないが「ささやかなしあわせに生きる庶民の心根」ってやつだね。コギレイなインチキに生きるより、いかがわしい「下積み」のほうがましだということ。貧乏といっても、カネの多寡ではなくて、「下積み」で開き直っているところが、この一帯の「貧乏情緒」の特徴なのである。
  田舎(くに)破れたら山河無し、貧に居直り酒食を食らう、誰が好んで清貧をするものか、ただ都の人品の愚劣を嫌う――と。
  竹屋食堂のたたずまいがかなりいかがわしいわけは、場末の西日暮里にあって、なおかつ京成電鉄のガード下で、なおかつそのガードの脚のあいだを固めるように、風化の趣の粗末な木造の家屋だからである。
  表も中身も、感動的に、一九六〇年である。
  しかし、ここでレトロやノスタルジーをやれるやつはいないと思う。そして、ここにくるとレトロやノスタルジーに踊るココロの空疎をグサリとやられる。貧しかったけどよい時代があったね、などと軽々しくいえない。
  古びた木と畳と紙の生活というやつだ。エアコンなし。もっとも、冷房などつけたら、電力だけくってどうしようもないつくりである。夏になると、出入り口の木枠のガラス戸をカラリと開け放って、打ち水し、背の高い葦簾をたてかける。店の前には植木がずらり。……と書いてやると、「イイいい、下町の風情だね」とよろこぶやつは、新橋のガード下で焼き鳥くって人情人間やっているつもりになる大アマのイナカモンランチ野郎だ。エアコンの家でぬくぬくひえひえやりながら、昔はよかった、と平気でいえるやつだ。
  竹屋は貧乏を居直っているだけである、とおれは断じる。貧乏を居直るとどうなるか。貧乏を超越してしまうらしい。
  よく「むかしは貧しかったけど楽しかったね」というやつがいる。ほんとうにそういう生活がいいのならそうすればいいではないか。と、竹屋は鋭く突くにちがいない。
  そもそも「貧乏くさい」という観念をもって、正しい庶民の生活を棄てたのは、ここ二、三〇年のことである。
  六畳ほどありそうな店内には、まともなフツーの長方形のテーブルはひとつだけだ。四人がけに椅子六つ。わかるかな? ほかは、フツーの長方形の半分くらいなテーブルが三つ。わかるかな? 一〇数個ほどある椅子は思い出せないほど、いろいろな形をしたものだ。わかるかな? ただでさえ狭いのに古物の飲料専用の冷蔵庫がデンとあって、わけのわからんデッパリがあって、実質面積は四畳半くらいの印象だ。ごちゃごちゃとつまっている感じなのだ。テーブルの下には飲料の空瓶が入った箱がつまれているぞ。壁といっても壁はそんなにないのだが、土産物らしい額に入った富士山やマッターホルンがぶら下がっている。平らなところがない。コンクリートの床も凸凹だ。わかるかな?
  ジャンクな食堂というのは、だいたい新しいのはカラーテレビだけというのがふつうだから、竹屋もその意味では、フツーの食堂である。
  だけど、どこか、異様に、あばらやの風情がある。もしかしたら、これは貧乏の美学をあそんでいるのだろうかと妬けるほど、貧乏で開き直っているたたずまいである。
  店のなかは、ごちゃごちゃなのに、どこかキリッとしているのだ。どうすると、そうなるのか。怠惰の風情なのに、キリッとしている。あて布をした古着をきながら、こざっぱりとしたいでたちというやつだ。と書くのは簡単だが、あれで埃を積んだようにならないのは不思議で、薄汚い!といいたいのに言い切れない。チキショウ。
  まっとうじゃないテーブルの上には、花一輪。これは、おばさんの仕業にちがいない。ニクイ。おれはジャンク・ヘビー級に打ちのめされた気分だね。
  壁に取りつけられた鏡の電話番号は、局番が二桁である。おじさんは、開業のときに、日暮里の同業が贈ってくれたものだといった。たしか、昭和三四年だ、といっていたはずだ。それから三〇年以上というわけだが、ジャンクな食堂には歴史は無意味だということが、しみじみ思う。
  昔? いいことも悪いこともあったさ、貧乏だったけどね。
  今? いいことも悪いこともあるさ、貧乏だけどね。
  だけど、ほらどんとくえ、という感じの味わい深いめしは続く。
  ここでは、どんな話も無意味になってしまう。真実の暮らしがあるのだ。

  ●竹屋式貧乏経営学を考えてみた●
  何か書かないわけにはいかないから竹屋式貧乏経営学というのを考えてみた。経営の成功は貧富にあるのではなく継続である。「継続は力なり」という言葉があるが、「継続は生活なり」が竹屋式貧乏経営学の根本哲学のようだ。いつどこでそのように開き直れたのか。
  一、「高い」経営目標をもたない。
  二、どんな種類の投資もしない、手作りか、拾ったり貰ったりで問に合わせる。
  三、近代化は拒否しない、だけどそんなものにカネをつかわない。
  四、客には必要以上にうまいものをくわせない。これだけで十分のはずだという主張をくずさないようにメニューを維持する。
  五、客には愛想よくする、愛想はカネがかからない、自分だって気分いい、気分の悪いやつには愛想しなければいい、万事、愛想の加減が大事である。
  六、相手をよく観察する、観察にカネはかからない、くりかえしていると一瞬のうちに相手がわかるようになる。相手がわかれば、愛想の加減をまちがえないですむ。万事、観察が大事である。
  七、自分の好きなタイプには、できるだけカネをつかってもらうようにする。わかってないやつは二度とこさせないようにする。
  八、したがって自分が直接あいてをできる人数をこえる客を収容しない。つまり一〇人前後が限界である。
  九、頼りは夫婦だけである。
  貧乏だけを強調したが、貧乏はまっとうな庶民の暮らしである。暮らしというのを正しくやれば貧乏暮らしになっちまうのさ。いまの地球じゃあね。だからどこかでだれかが大もうけしようとすると、どこかに飢餓が生まれる。
  そして、竹屋食堂の存在は、町のサロンなのである。
  ジャン・ギャバン主演の『現金に手を出すな』では、それこそパリの場末の、名前は忘れたが「なんとかおばさんの食堂」というようなレストランがあって、街の連中がいつもたむろしている。ま、ああいう感じの場末の食堂なのだ。ジャン・ギャバンが、最後のアブナイ仕事のときには、おばさんにカネをわたし、もしものときの頼みをする。竹屋のおじさんも、もしものときには、アブナイお願いをきいてくれそうだ。
  おじさんもおばさんもとてもいいひとだ。むかしはただもんじゃなかったのでないかと思わせる、何かがチラチラするのだ。それを知性というのか凄味というのか知らんがね。ミンナで「高度成長期」を通過したあとの、貧乏の気品であると断じたい。どこか悟りのように超えちゃった感じがただよう……とか、竹屋について語るのはイヤだ。好きなオンナを見世物にしたくない気分。
  朝八時半から十二時間の営業。小さなガラスケースには、昔ながらの味とボリュームのおかずがいつでもあって、何時間いてもあきない。のんびりすごせる。


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