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「大衆食堂」の呼称が生まれる時代の林芙美子『放浪記』と食風俗 メモ1 p50まで


第一部

・「放浪記以前」
芙美子は12歳で行商を始める。母と義父に連れられて行商先の九州。転々と木賃宿暮らし4年の間に、7度も学校をかわって、ついに小学校をやめてしまう。直方(のうがた)の炭鉱町で


P10
骸炭のザクザクした道をはさんで、煤けた軒が不透明なあくびをしているような町だった。駄菓子屋、うどんや、屑屋、貸蒲団屋、まるで荷物列車のような町だ。

私の三銭の小遣いは双児美人の豆本とか、氷饅頭のようもので消えていた。――間もなく私は……須崎町の粟おこし工場に、日給二十三銭で通った。その頃、……米が、たしか十八銭だったと覚えている。

朝も晩も、かぼちゃ飯で、茶碗を持つのがほんとうに淋しかった。

・カチュウシャの唄が流行。

その頃よく均一という言葉が流行っていた。

p13
・親しく声をかける行商の相棒がいた。

松ちゃん……駄菓子屋
ひろちゃん……干物屋

p14
私は一つ一銭のアンパンを売り歩くようになった。

母は多賀神社のそばでバナナの露店を開いていた。

p18(十二月×日)
・「放浪記以前」はおわり、「放浪記」である。
 「(十二月×日)

  さいはての駅に下り立ち
  雪あかり
  さびしき町にあゆみ入りにき   」という啄木の歌ではじまる。


・東京の近江秋江の家で子守女中に雇われている。

バナナ(うなぎ)、豚カツ蜜柑(みかん)、思いきりこんなものが食べてみたいなア。)

「家政婦のお菊さんが、台所で美味(おい)しそうな五目寿司を拵(こしら)えている」

二週間あまりいて、二円もらって、ひまが出され、「新宿の旭町の木賃宿へ泊まった」一泊三十銭、「三畳の部屋に豆ランプのついた、まるで明治時代にだってありはしないような部屋」。新宿の旭町とは現在の新宿4丁目、JR新宿駅新南口高島屋の前の路地で、木賃宿の片鱗が見られる、写真を撮った→こっち

p23(十二月×日)
・木賃宿に泊まった芙美子は、「飯屋」へ行く。

 朝、青梅(おうめ)街道の入口の飯屋へ行った。熱いお茶を呑んでいると、ドロドロに汚れた労働者が駆け込むように這入って来て、
「姉さん! 十銭で何か食わしてくんないかな、十銭玉一つきりしかないんだ。」
 大声で云って正直に立っている。すると、十五六の小娘が、
御飯肉豆腐でいいですか。」と云った。
 労働者は急にニコニコしてバンコへ腰をかけた。
 大きな飯丼。葱(ねぎ)と小間切れの肉豆腐。濁った味噌汁。これだけが十銭玉一つの栄養食だ。

天井の壁には、一食十銭より

私の前には、御飯ごった煮お新香が運ばれてきた。まことに貧しき山海の珍味である。合計十二銭也を払って、

p27(十二月×日)
どこかでハタハタでも焼いているのか、とても臭いにおいが流れて来る。

この間の淫売婦が、いなりずしを頬ばりながらはいって来た。

夜、お上さんにうどんを御馳走になる。

p28(四月×日)
母と借間暮らし。道玄坂で露店をやることになり地割りをしている親分のところへ「酒を一升持って行く。」
メリヤスの猿股を並べて「20銭均一」で売りながら、そばでめしを食べる。


お新香竹輪(ちくわ)の煮つけが、瀬戸の重ね鉢にはいっていた。

p32(四月×日)
昼はうどんを二杯たべる。(十六銭也)

帰りに鯛焼(たいやき)を十銭買った。

p36(5月×日)
岡山の祖母がキトクで、母は行かなくてはならないがカネがない。「私は母と一緒に、四月もためているのに家主のところへ相談に行ってみた。十円かりて来る。」すごいなあ、こんな家主がいたのだ。いまなら家賃一か月滞納しても追いたてくらう。不動産で食べているやつらが、こうまで日本を悪くしたのだな、やっぱり。

p38(十一月×日)
・日給75銭の女工。

一皿八銭の秋刀魚(さんま)は、その青く光った油と一緒に、私とお千代さんの両手にかかえられて、サンゼンと生臭い匂いを二人の胃袋に通わせてくれるのだ。

p39(十一月×日)
二畳の部屋には、土釜(どがま)や茶碗や、ボール箱の米櫃(こめびつ)や行李(こうり)や、

p41
米を一升買いに出る。ついでに風呂敷をさげたまま逢初(あいぞめ)橋の夜店を歩いてみた。剪花(きりばな)屋、ロシヤパンドラ焼屋魚の干物屋野菜屋、古本屋、久々で見る散歩道だ。

・なぜ、「野菜屋」で「八百屋」じゃないのかなあ。

p42(十二月×日)
朝から晩まで働いて、六十銭の代償をもらってかえる。土釜を七輪に掛けて、机の上に茶碗と箸(はし)を並べると、つくづく人生とはこんなものだったのかと思った。

・間代、二畳で5円。現在の田端のあたり。

p43
一日働いて米が二升切れて平均六十銭だ。又前のようにカフエーに逆もどりでもしようかしらともおもい、

熱い御飯の上に、昨夜の秋刀魚を伏兵線にして、ムシャリと頬ばると、生きている事もまんざらではない。沢庵(たくあん)を買った古新聞に、

p44(十二月×日)
・上野の口入屋で

下谷の寿司屋の女中さんの口に紹介をたのむと、

熱いお茶カルカンの甘味(おい)しい頃ですね。

p45(十二月×日)
冷飯味噌汁をザクザクかけてかき込む淋しい夜食です。

・同じ家で間借りの松田さんは、芙美子に結婚を申し込んでいる。芙美子は松田さんを、いい人だと思っているが、どうも生理的に?好きになれないらしい。そんな芙美子に松田さんは肉を買ってきて料理する。時代貧富に関係なく食べ物は男女の仲立ちか?

石油コンロで、ジ……と肉を煮る匂いが、切なく口を濡らす。「すみませんが、この(ねぎ)切ってくれませんか。」

p46(十二月×日)
遠くでをつく勇ましい音が聞こえている。私は沈黙ってポリポリ大根の塩漬を噛んでいたけれど、

松田さんは沈黙って竹の皮から滴るように紅い肉片を取って鍋に入れていた。

洋食皿に分けてもらった肉が、どんな思いで私ののどを通ったか。

松田さんは新聞をひろげてゴソゴソさせながら、お正月の餅をそろえてへ入れていた。

・芙美子はそれを見て、松田さんに対してなごんでいた気持が「又前よりもさらに凄くキリリッと弓をはってしまい」部屋にもどる。


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