『大衆食堂の研究』復刻HTML版         エンテツ資料棚『大衆食堂の研究』もくじ


放浪編*ワザワザでもいきたい食堂は死生のにおい

*四、たぬき食堂に田舎者の開き直り*

  文京区・駒込のたぬき食堂というのは、どこか、硬派の田舎者の味わいがきわだっている。それは、おれが上京したての一九六二年ごろ、田舎者まるだしのままいちばんよく利用した、客席二〇ちょっとくらいの食堂のたたずまいそのままだし、またくしくもたぬき食堂はその年の創業なのである。だから簡単ではあるが、ここに記す。
  酒場たぬき  昭和二六年創業。
  たぬき食堂  昭和三七年創業。
  創業をしるす店内の壁にぶらさがっている木の短冊をみなくても、外観のたたずまいだけで、じゅうぶん昭和三〇年代である一九六〇年代モノだというのがわかる。
  たぬき食堂のおじさんは、とん汁に執心のようだ。おれは西武資本みたいなのが進出してくるまえの、純粋な田舎のスキー場にあった食堂のメニューを思いだしちゃうぜ。
  とん汁と定食  九五〇円
  とん汁と御飯  五五〇円
  とん汁  三五〇円
  それに、これは、とん汁からの連想ではないかとしかおもえない、そうでないと何の脈絡もない、
  ビーフシチュー  四〇〇円
  というぐあいだ。
  このビーフシチューは、どんぶりのような器に盛られて出る。ヒジョウに、いかがわしいビーフシチューだ。とん汁の具のようにきざんだ具が入っている。もしかしたら煮崩れてこなごなになっただけかもしれないけど。これはビーフシチューにおいても独創だろうし、食堂めしにおいても独創だ。
  カレーライス  五五〇円
  日替わり定食  七〇〇円
  御飯  大三〇〇円  中二〇〇円  小一五〇円
  みそ汁  一〇〇円
  上新香  一五〇円
  味付のり、生玉子  各五〇円
  各種、黒板にずらずらずらのおかずが一五〇円から三五〇円のあいだ。
  まぐろの刺身  六〇〇円ってのが突出。おもしろい。
  ビール  五〇〇円
  酒      三五〇円

  こぢんまりとした。テーブル六個の二四人定員。
  おばさんは入院中らしく、近所のおばさんが手伝いにきていた。気づかって立ち寄るおばさんもいた。このへんに人柄と土地柄がしのばれる。やっぱり町の食堂である。
  夕飯どき。スーツ姿のサラリーマンと学生が、数人、めしをくって、去った。


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